王澍
[中圖分類(lèi)號(hào)]:H12 [文獻(xiàn)標(biāo)識(shí)碼]:A
[文章編號(hào)]:1002-2139(2016)-24--01
序論
中日文化の交渉に伴い、言葉の交流も同時(shí)に行われた。特に漢字はその交流に大きな役割を果たしていると指摘されている。さらに、中國(guó)語(yǔ)が、日本語(yǔ)に取り込まれて様々な変容を受けつつ現(xiàn)在に至っている。その似ている所は何か、その相互影響は何かを明らかにするのは本論文の研究課題である。
第一章 漢字の由來(lái)と歴史
1.1漢字の由來(lái)
漢字はもともと中國(guó)語(yǔ)を表す文字として、漢民族によって発明された一種の表意文字であるが、のちに日本に伝えられて、日本語(yǔ)を表すための文字としても用られるようになった。漢字の起源については、黃帝の時(shí)に史官の蒼頡が鳥(niǎo)の足跡から作ったという伝説がある。これをそのままに信ずることはできないが、とにかく漢字の起源が、物を示す略畫(huà)や事柄を表す符號(hào)などにあることは、明らかであろう。
1.2中國(guó)語(yǔ)から來(lái)た日本語(yǔ)
漢語(yǔ)は本來(lái)中國(guó)語(yǔ)からの借用語(yǔ)である。漢字、漢語(yǔ)は高度に発達(dá)した中國(guó)の文化を背景に持ち、この文化と共にその言語(yǔ)、文字が日本語(yǔ)に入り込み、次第に同化した。漢語(yǔ)は受容の當(dāng)初は外國(guó)語(yǔ)として意識(shí)されたと思われるが、固有語(yǔ)(和語(yǔ))の欠陥を補(bǔ)い、國(guó)語(yǔ)の表現(xiàn)力を豊かにするのに役立ち、今日では外國(guó)語(yǔ)として意識(shí)されることが少なく、和語(yǔ)とは別種の漢字を伴いながら國(guó)語(yǔ)語(yǔ)彙の重要な部分を占めている。
第二章 古代における中國(guó)語(yǔ)の日本語(yǔ)への影響
2.1中國(guó)語(yǔ)の日本伝入
日本漢字音は、朝鮮漢字音やベトナム漢字音でもほぼ事情は同じなのであるが、中國(guó)語(yǔ)音を長(zhǎng)年月にわたって漸次的に移植定著させてきた。個(gè)々の漢字に注目すれば、中國(guó)語(yǔ)音の上古音から中古音そして近世音にまで広くその痕跡が認(rèn)められる。日本漢字音の特徴としてその層別伝承ということがよく言われる。
要するに、五、六世紀(jì)から多量な中國(guó)語(yǔ)(漢語(yǔ))が、日本語(yǔ)に融け込み定著されてきた。それによって、かなりの日本語(yǔ)語(yǔ)彙が中國(guó)語(yǔ)の意味と同じであるようになったわけである。つまり、その語(yǔ)彙の源流が中國(guó)語(yǔ)に依るものであったからである。
2.2現(xiàn)在の日本語(yǔ)も中國(guó)からの外來(lái)語(yǔ)
現(xiàn)在の日本語(yǔ)も中國(guó)からの外來(lái)語(yǔ)がある。明治、大正期にはクーリー(苦力)、ポコペン(不夠本、原価が切れることからお話(huà)しにならない意)、カイカイデー(快快的、急いでの意)、マンマンデー(慢慢的、ゆっくりの意)、クーニャン(姑娘)、メーフアーズ(沒(méi)法子、仕方がないの意)、メンツ(面子)などが入り、その他マージャン(麻雀)をはじめ、パイ(牌)、パイパン(白板)など麻雀用語(yǔ)も多い。以上のほか中國(guó)語(yǔ)からの外來(lái)語(yǔ)として特徴的なのは料理用語(yǔ)、食べ物の多いことである。チャンポン(攙烹、ごった煮の意からというが、単に擬音語(yǔ)仕立ての語(yǔ)ともいう)、ウーロン(烏龍茶)、シューマイ(焼売)、ラオチュー(老酒)などがある。ギョウザ(餃子)、チャーハン(炒飯)、ラーメン(拉麺)などは昭和期に入ってもたらされたものである。
第三章 日本語(yǔ)の中國(guó)語(yǔ)への影響
中國(guó)語(yǔ)と日本語(yǔ)の融合過(guò)程において、現(xiàn)代中國(guó)語(yǔ)は日本語(yǔ)の語(yǔ)彙成分を多量に吸収して現(xiàn)代中國(guó)語(yǔ)における外來(lái)語(yǔ)成分にしてしまったのである。その借用された日本語(yǔ)語(yǔ)彙は、高名凱、劉正琰合著の『現(xiàn)代中國(guó)語(yǔ)中的外來(lái)語(yǔ)』(1957年)の中に記述されている日本語(yǔ)借用語(yǔ)や、王立達(dá)著『現(xiàn)代漢語(yǔ)従日語(yǔ)借來(lái)的語(yǔ)彙』(1958年)の日本語(yǔ)借用語(yǔ)、譚汝謙(1977年)の日本語(yǔ)借用語(yǔ)、余又蓀(1935年)の日本製訳語(yǔ)の論述があるので、參考できる。その中は古い言葉に新しい意味を付與したのがある。
結(jié)論
長(zhǎng)い歴史の中では、漢語(yǔ)には輸出、融合、輸入といった段階があった。古代では、漢語(yǔ)は一方的に中國(guó)から日本に伝わっていき、日本もそれを受け入れ、そして日本的な漢語(yǔ)、即ち和製漢語(yǔ)を作ったのである。近代に入って、西洋文化の影響で、日本も種種な漢語(yǔ)を作り、そして中國(guó)に伝わって受容された。
近代以後の翻訳語(yǔ)彙を中日両國(guó)の間で大量に共有するようになっている點(diǎn)は、両國(guó)語(yǔ)の語(yǔ)彙の注目すべき現(xiàn)象であると言えよう。漢語(yǔ)は表意文字であるため、視覚に訴えて理解しうるという重要な特色を持っている。したがって漢語(yǔ)は時(shí)代を超えて、視覚から容易にこれを共有されるために、近代における日本での新造漢語(yǔ)も中國(guó)に理解され、受容されたのであろう。
要するに、中國(guó)の漢字は日本の漢字への多くの影響があって、その相互影響は少しでもわかるようになる。
參考文獻(xiàn):
[1]池上秋彥、西田直敏、林巨樹(shù)著(1977年3月)『國(guó)語(yǔ)要説』桜風(fēng)社.
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