[要旨]:本文は文法の「ている」と「てある」の誤用を分析して同じく狀態(tài)を表すときの異同を解明する目的に書いたのである。それに日本語(yǔ)を勉強(qiáng)するとき間違いのないようにこの二つの文法のそれぞれの特徴も説明してこれから日本の教學(xué)にちょっと役に立ちたいと思う。
摘 要:本文以分析「ている」和「てある」的誤用以及講明兩者在表示相同狀態(tài)時(shí)的異同為目的,介紹說(shuō)明了兩者在應(yīng)用中各自的特征,以便減少學(xué)習(xí)中的誤用。并希望在日語(yǔ)教學(xué)中也能起到一定的參考、指導(dǎo)作用。
[キーワード]:ている;てある;誤用;狀態(tài)
關(guān)鍵詞:ている;てある;誤用;狀態(tài)
作者簡(jiǎn)介:武連枝,1981年10月,女,漢,山東青島,青島濱海學(xué)院,職稱助教,方向日語(yǔ)語(yǔ)言學(xué)。
[中圖分類號(hào)]:H36 [文獻(xiàn)標(biāo)識(shí)碼]:A
[文章編號(hào)]:1002-2139(2012)-17-0-02
日本語(yǔ)の初心者は文法の「ている」と「てある」を勉強(qiáng)するとき、同じ狀態(tài)を表すのにその區(qū)別は何かと迷うことがある。だから、この二つの文法を使うとき用法の間違いがよく出る。
授業(yè)をしているとき學(xué)生たちの練習(xí)から集めた用例を挙げて始まる。日本語(yǔ)科の2年生は日本語(yǔ)2級(jí)能力試験を受けたばかりで次のとおりに誤用した:
×①ドアが開けている。
×②教室に電気がつけている。
×③機(jī)の上に花が飾っている。
×④寒いので、窓が閉まっています。
×⑤空気を入れ替えるために窓が開いている。
×⑥壁に誰(shuí)かによって寫真がかけてある。
×⑦財(cái)布が落としてある。?
訂正:
△①ドアが開けてある/開いている。
△②教室に電気がつけてある/ついている。
△③機(jī)の上に花が飾ってある/飾られている。
△④寒いので、窓が閉めてある。
△⑤空気を入れ替えるために窓が開けてある。
△⑥壁に誰(shuí)かによって寫真がかけられている。
△⑦財(cái)布を落とした。?
「ている」:大體四つの意味がある。
①「継続動(dòng)詞」(ある時(shí)間內(nèi)続いて行われる動(dòng)作、作用を表す動(dòng)詞)に「ている」が付くと動(dòng)作が進(jìn)行していることやある現(xiàn)象が継続していることを表す。
自動(dòng)詞に「ている」の付いたもので、行為、作用がある時(shí)間継続している狀態(tài)をとらえた言い方。人間の行為にも、事物、自然の作用にも使用される。他動(dòng)詞に「ている」が付いたもので、行為行動(dòng)の主體はふつう人間。意志的な他動(dòng)行為の継続、進(jìn)行といえる。
△雨が降っている?!麟娷嚖撙盲皮い搿?/p>
②「瞬間動(dòng)詞」(瞬間的に動(dòng)作が変化、移動(dòng)する動(dòng)詞)に「ている」が付くと動(dòng)作、作用が終わって、その結(jié)果が今も殘っている狀態(tài)を表す。生起した作用、行為の完了した狀態(tài)が後まで殘っている様子を示す。ある作用、行為が完了した春寒を、時(shí)間を無(wú)視してとらえた表現(xiàn)なので、結(jié)果的には、その瞬間の狀態(tài)は持続性を持つと言える。
車が止まっている。△窓が開いている。
③「動(dòng)作動(dòng)詞」に「ている」が付くと習(xí)慣、反復(fù)(動(dòng)作作用が繰り返し起こることを表す。一組の人などが何回も行為を行う場(chǎng)合と、多くの人が次々に同じことを繰り返す場(chǎng)合の両方がある)、経験(過(guò)去に起こったことを回想的に表す。それが何らかの意味で現(xiàn)在にかかわりがあると思われる場(chǎng)合に用いる)、能力、完了(未來(lái)のある時(shí)點(diǎn)において完了している事態(tài)を表す。また、過(guò)去においてすでに完了している事態(tài)を表す)、一般的狀態(tài)を表す。
△私は毎朝5時(shí)に起きている。(習(xí)慣)
毎日バスで學(xué)校へ通っている。(反復(fù))
彼女は、以前、新聞?dòng)浾撙颏筏皮い郡?、今は主婦をしている。(「Nをている」/職業(yè)を表す名詞について、現(xiàn)在の職業(yè)を表す表現(xiàn)?!福韦颏筏皮い俊工线^(guò)去のある時(shí)期の仕事を表す。)
その話なら私ももう聞いている(経験)
彼はロシア語(yǔ)を知っている。(能力)
子供が大學(xué)に入るころには、父親はもう定年退職しているだろう。(完了)
卒業(yè)後の進(jìn)路についてはまだはっきりとは決めていない。(動(dòng)作や作用の実現(xiàn)がまだであることを表す。「まだ來(lái)ません」のように、「まだ~V-ない」の形に言い換えられる場(chǎng)合もあるが、それができる動(dòng)詞は限られている。普通は、「まだ~V-ていない」を用いるほうが自然である。
彼は自家用車を持っている(狀態(tài))
④「狀態(tài)動(dòng)詞」(現(xiàn)在の狀態(tài):そびえる、似る、優(yōu)れるなど)に「ている」が付くと現(xiàn)在の継続的な狀態(tài)を表す。恒常的な狀態(tài)を表す。{そびえる}「似る」などの動(dòng)詞は、普通「ている」「ていた」でしか使わない。また、このような動(dòng)詞は、名詞の前では、「曲がっている道」より「曲がった道」の形の方が自然なことが多い。
この道は曲がっている。
彼女はやせている。
あの兄弟はよく似ている。
「てある」:
動(dòng)作性の他動(dòng)詞について、その動(dòng)作、行為の結(jié)果(肉眼で見える場(chǎng)合)が現(xiàn)存するという具體的狀況を表す。この形式は主語(yǔ)に立つ物や人が被動(dòng)作物として扱われるところに特徴がある。主語(yǔ)が受身的立場(chǎng)に立つということから、必ず誰(shuí)かによってその狀態(tài)にさせられてあるという意志的な行為を表す?!弗丧ⅳ_けてある」は誰(shuí)かが前にあけたのである?!弗丧ⅳ_いている」という表現(xiàn)を使うとそのような意識(shí)は生まれない。
a、もとの目的語(yǔ)が主語(yǔ)になって動(dòng)作の主體が隠されるため受身の作用主體を示す「に」や「によって」などが使えない。目的語(yǔ)に付く「を」は「が」/「は」に変わる。
×その金庫(kù)には誰(shuí)かによって鍵がかけてあります。
△その金庫(kù)には鍵がかけてあります。
b、「てある」に付く他動(dòng)詞は誰(shuí)かの積極的な意図から働きかけがあるので、普通話し手によくない場(chǎng)合に使わない。
×人が殺してある。
×あ、鍵が壊してある。
△人が殺しされている/死んでいる。
△あ、鍵が壊れている/壊されている。
c、明確的に目的や理由を表す句に「てある」しか使えない。
×お客さんを歓迎するためにビールが冷えている。
△お客さんを歓迎するためにビールが冷やしてある。
d、狀態(tài)の主體が人である場(chǎng)合には「自動(dòng)詞+ている」の形式だけ使える。一方、狀態(tài)の主體が物事である場(chǎng)合には「自動(dòng)詞+ている」の形式も使えれば「他動(dòng)詞+てある」の形式も使える。
×あそこにたくさんの人が並べてある。
△あそこにたくさんの人が並んでいる。
△機(jī)に果物が並んでいる/並べてある。
だから、以上の八つの例はこれらの用法では解明できるけど、九つ目の例は「を」を使って正しいかどうかと言うと行為の結(jié)果の現(xiàn)存としての用法では使わないが、結(jié)果を表す時(shí)には使える。
②結(jié)果が目に見える狀態(tài)として殘るものを除き、つまりその結(jié)果が目でとらえにくい場(chǎng)合、多くは前もっての準(zhǔn)備、結(jié)果の蓄積として使う。以後の何かを予測(cè)して事前に行為を行い、以後の事態(tài)に対処する意味であらかじめ行い、その結(jié)果を蓄積させておく行為主體の狀態(tài)性ゆえ、行為の主體者が主語(yǔ)として現(xiàn)れる。だから、「論文を書くためにいろいろな材料を作ってあります?!工趣い浃险撐膜韦郡幛摔工扦摔ⅳ椁袱岵牧悉蜃鳏毪趣いσ馕钉扦筏胜い韦扦ⅳ搿¥长斡梅à扦稀袱皮工葥Qえて使うことがあるのである。
指導(dǎo)のポイント:
①「ている」を使う句には動(dòng)作の主體がなく、自然な狀態(tài)を表す。
~が自動(dòng)詞ている……継続、進(jìn)行
作用の結(jié)果の現(xiàn)存
習(xí)慣、反復(fù)、一般的狀態(tài)
現(xiàn)在の狀態(tài)
~ヲ他動(dòng)詞ている……継続、進(jìn)行
習(xí)慣、反復(fù)、経験、能力、狀態(tài)
②「てある」を使う句には目的語(yǔ)に付く「を」は「が」/「は」に変わる。受身の作用主體を示す「に」や「によって」などが使えない。
③明確的に目的や理由を表す句に「てある」だけ使える。
④狀態(tài)の主體が人である場(chǎng)合には「自動(dòng)詞+ている」の形式だけ使える。一方、狀態(tài)の主體が物事である場(chǎng)合には「自動(dòng)詞+ている」の形式も使えれば「他動(dòng)詞+てある」の形式も使える。
⑤「てある」を使う句には誰(shuí)かの積極的な意図から働きかけがあるので、普通話し手によくない場(chǎng)合に使わない。[「他動(dòng)詞の受身形-テ形」+ている]受身を使ったため面倒なことや被害を受けた場(chǎng)合に使う。
~が他動(dòng)詞である……行為の結(jié)果の現(xiàn)存
~ヲ他動(dòng)詞である……前もって準(zhǔn)備、結(jié)果の蓄積
また、「ある、いる」などは本來(lái)、狀態(tài)性の動(dòng)詞のため、ことさら「ている/てある」を付ける必要はなく、事実付かない。他動(dòng)詞も、結(jié)果が目で見られない行為や、結(jié)果が成果として行為主體に蓄積されない動(dòng)作、行為は「てある」を付けることができない。連れる、眺める、迎える、信じる、思い出す、待つ、持つ、歌う、笑う、構(gòu)う、渡る、知るなどは、意味的理由から「てある」を続ける言い方をしないのが普通である。
でも、「置く、並べる、書く、あける」のような、行為の結(jié)果が外見に表れる動(dòng)作動(dòng)詞は結(jié)果の現(xiàn)存として使う時(shí)もあれば、結(jié)果の蓄積として使う時(shí)もあるのでその區(qū)別はまだ明らかにすることができないので今後の研究課題として研究していきたいと思う。
參考文獻(xiàn):
[1]、鈴木孝夫.日本語(yǔ)の語(yǔ)彙と表現(xiàn)[M].東京:大修館書店,1976
[2]、楊樹媛,現(xiàn)代日語(yǔ)語(yǔ)法詞典,北京出版社出版,1986
[3]、森田良行,基礎(chǔ)日本語(yǔ)辭典,角川書店、1989